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本能寺の変、黒幕説まとめ。

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 画像の出典:本能寺の変 - Wikipedia

 

 明智光秀が謀反を起こして織田信長を討ち取った本能寺の変

 

この本能寺の変には数々の黒幕説があります。今回はその数々を紹介していきたいなと思います。

 

1.豊臣秀吉

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画像の出典:豊臣秀吉 - Wikipedia

 

 個人的に一番黒幕説が唱えられる人物ではないかと思います。

 

やはり本能寺の変でもっとも得をした豊臣秀吉が黒幕では?という説です。

 

しかし逆に言えば「得をした」という事以外はかなり根拠が曖昧な説でもあります。

 

たとえば明智光秀をどうやって動かしたのか?という点。

 

共謀していたにしても、光秀としては秀吉が裏切って自分だけ悪者にされかねないリスクは当然あるわけです(というか普通に考えてそうなる)。

 

なにか光秀の弱みを握っていたにしても、謀反を起させるとなれば相当ですし、そのような証拠も出てきてません。

 

あるとすれば、光秀に進言できる立場にあるような家臣を籠絡する事でしょうか。

 

考えられるのは細川幽斎。彼なら光秀に進言もできるでしょうし、豊臣政権下でも重用された事から説明がつきます。

 

もっとも幽斎の数々の逸話を聞くととてもそんな事をしそうな人物ではないですし、やはり不自然な説です。

 

2.黒田官兵衛

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画像の出典:黒田孝高 - Wikipedia

 

豊臣秀吉の軍師、黒田官兵衛が黒幕では?という説。

 

やはり官兵衛といえば戦国時代でも屈指の名軍師として知られているので、「やっててもおかしくないのでは」というところからこの説が来てるのではないかと思います。

 

直接的な説の根拠となっているのは、本能寺の変の報を受けた時に秀吉に仇討ちを進言した逸話です。

 

その後も毛利との和睦を献策したりと、中国大返しの成功に大きく寄与した事から「あまりにも手際が良すぎるのでは?」という疑問が湧いてきます。

 

しかしこの説も、やはり光秀をどうやって動かしたのかがわかりません。

 

彼の場合は秀吉より影響力も少ないでしょうし、光秀やその家臣を動かすのも更に困難かと思われます。

  

3.長宗我部元親

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画像の出典:長宗我部元親 - Wikipedia

 

土佐の出来人、長宗我部元親を黒幕だとする説。

 

元親は光秀の重臣・斎藤利三の妹を娶っており、元親と光秀も遠縁の親戚関係にあったそうです。

 

なので織田家と長宗我部家の外交も光秀や利三が担当していたようです。

 

信長は最初、長宗我部家の四国全域の統治を認めるとして同盟を組んでいましたが、天下統一が近づくと約束を反故にし、土佐と阿波南半国のみの所有を認めると言い出します。

 

元親がそれを拒否すると織田家と長宗我部家は対立。信長は三男の神戸信孝を総大将とした四国征伐軍を結成しますが、本能寺の変でその征伐も頓挫します。

 

 光秀や利三が信長の言動の変化に反感を持ってたのは確かでしょうし、その時親戚である元親に頼まれれば動くのではないか、と。

 

事実、本能寺の変後に元親が明智軍に加勢しようとしてたそうですし、共謀してた可能性もあります。

 

まぁそこまで元親の存在が大きくなくとも、光秀が本能寺の変を起こす動機の一つとして長宗我部との関係があるのは確実ではないかと思います。それを示唆するような書状も見つかってるそうです。

 

4.公家説

こちらも根強い説です。朝廷黒幕説とも呼ばれます。

 

信長は副将軍や管領といった重用な役職を断っていますし、既存の権威を潰して自らが天皇のような存在になろうとしていた節が有ります。

 

なので光秀は織田家中でも公家と接点が多い人物でしたし、公家がそそのかしたのでは?という説です。

 

これは一見筋が通っているようですが、光秀が錦の御旗を掲げていないことや、当時の書状のやりとり等から「そんな事実は無かった」というのが定説になっているようです。

 

5.徳川家康

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画像の出典:徳川家康 - Wikipedia

 

この人も本能寺の変がなければ天下はありえなかった人なので、やはり「得をした」という事で黒幕説が出やすい人です。

 

しかし直接的に恩恵を受けたわけではないので「光秀と共謀していたが秀吉に手柄を横取りされた」というような感じで書かれる事が多いです。

 

伊賀越えもカモフラージュに過ぎず、明智軍が意図的に避けねば不可能だったのでは、という人もいます。

 

とにかくこの人の黒幕説が「明智光秀は生存していて、徳川幕府南光坊天海として活躍していた!」という「南光坊天海=明智光秀説」にも繋がっていくわけですね。

 

何れにせよ創作で使われる事が多い説ですし、こちらも光秀の動機が曖昧なので信憑性はかなり低いです。

 

6.足利義昭

 

画像の出典:足利義昭 - Wikipedia

 

当時巻き返しを図っていた足利義昭がしたのではないか、という説。

 

一応この時点ではまだ将軍である事や、光秀が一時は義昭に従えてた事などが根拠だそうです。

 

ちなみに義昭は信長包囲網の首謀者の一人であったりと、意外と謀略に長けてた点も再評価されてるのでこういう説が出てきたのかも知れません。

 

7.毛利家説

個人的に面白いと思うのがこの説。

 

太閤記によると秀吉は、光秀が毛利に送った密使をたまたま捕まえて本能寺の変を知ったそうですが、それは不自然ではないかと(当時の街道の状況などを考えると普通によくある事だったのかも知れませんが)。

 

また、その後講和がスムーズに決まったというのも不自然です。毛利側が突然の講和になにも疑わなかったのかと。

 

そこで毛利自体が黒幕で、織田家からの侵攻を止める為に本能寺の変を起こし、秀吉を引き下がらせる為に情報をあえて流したのではないか?という説です。

 

「追撃したほうが良くないか」というツッコミが聞こえてきそうですが、まぁそこは余裕がなかったという事で。

 

この説が面白いのは、毛利家ならできるのではないかと思わせてくれるところ。

 

・方々に人脈があり、朝廷や京の諸勢力、光秀とも接点があった可能性がある。

毛利元就亡き後も小早川隆景安国寺恵瓊などかなりのメンバーが。

・元就の諜報力や諜報網が受け継がれていたのでは?

 

など、いろんな想像ができます。まぁ根拠には乏しいですが・・・。

 

8.その他

他にも上杉などの他の大名が黒幕である説、雑賀衆や商人などの諸勢力が黒幕である説など沢山あるようです。

まぁ当時の信長はいろんな勢力と敵対してましたし、その敵対勢力の多くが何らかの形で光秀と接点があったりするのでいろんな黒幕説がでてくるんですね。

 

・まとめ

さて・・・、ここまで長々と語っておいてなんですが、やはり現実的には黒幕など存在せず、光秀本人の積もり積もった私怨が本能寺の変を起こしたというのが有力だと思います。

ほんとここまで語っといて何だよ!という感じですが、まぁ歴史のいろんな説に触れてみるのは面白いです。

私もこの記事を書くにあたって改めて調べ直しましたが、いろんな人達がいろんな推測をしてます。とにかく確たる事実は誰にもわからないわけですし、それが歴史のロマンでもあると思います。